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大阪高等裁判所 昭和49年(行ス)2号 決定

抗告人 ゼー・エヌ・ジヤスワル 外四名

相手方 法務大臣 外一名

代理人 細井淳久 外三名

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙(一)(省略)記載のとおりであり、これに対する相手方の答弁は別紙(二)記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワル及び同ラダ・ラニ・ジヤスワルの抗告について。

1  (在留期間更新不許可処分の効力の執行停止の法的利益)

当裁判所も右抗告人両名の各在留期間更新不許可処分の効力の執行停止を求める本件申立は法的利益を有するものと認める。その理由は、原決定理由中の判断(原決定三枚目表一行目から同四枚目表六行目までと同一であるから、ここにこれを引用する。

2  (緊急の必要性)

本件記録によれば、右抗告人両名の本邦入国から在留期間更新不許可処分を受けるに至るまでの経緯については、原決定理由(原決定四枚目表一〇行目から同四枚目裏一一行目まで)に記載のとおりの事実が疎明されるので、ここにこれを引用する。ところで、右認定の如く、右抗告人両名は法廷出頭のため短期間の在留を認められて入国し、その後在留期間の更新を重ね、結果的にはかなり長期間の在留となつたものであるが、本件記録によれば、右抗告人らを当事者として係属している各訴訟事件の進行状況は、(1)大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第五一九四号共有権確認請求事件(原告アマルナス・セツト、被告ゼー・エヌ・ジヤスワル)は次回期日が昭和四九年一〇月七日で鑑定結果が提出される予定であるが被告本人尋問は採否未定の段階であること、(2)大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第一一四六号保存登記請求事件(原告ゼー・エヌ・ジヤスワル、被告アマナツ・セツト)は右(1)の関連事件で次回期日は昭和四九年一二月九日で原告本人尋問の採否は未定であること、(3)神戸地方裁判所昭和四四年(ワ)第四七四号持分払戻金請求事件(原告アマルナツト・セツト、被告ゼー・エヌ・ジヤスワル外一名)は次回期日が昭和四九年一二月九日で原告申請の証人二名が尋問される予定であるが、被告本人尋問の採否は未定であること、(4)大阪高等裁判所昭和四八年(ネ)第九三九号報酬金請求控訴事件(控訴人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワル、被控訴人佐々木透)は結審され、判決言渡期日が昭和四九年一〇月三一日と指定されていること、(5)神戸地方裁判所昭和四八年(行ウ)第三七号行政処分取消請求事件(原告ゼー・エヌ・ジヤスワル他四名、被告法務大臣他一名。本件の本案訴訟)は未だ弁論期日の指定がなされていないこと(なお、アマルナス・セツト、アマナツ・セツト、アマルナツト・セツトは同一人である)、が疎明されるが、前記訴訟事件は何れも訴訟代理人によつて追行されていることが疎明され、右の如く本人尋問の期日は未定であるうえ、抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワルは、強制退去後一年間は本邦への入国が許されなくなる(出入国管理令第五条第一項第九号)が、一年後には再入国について或る程度の困難はあるにせよ、法廷出頭の必要があれば再入国も可能であるのみならず、後記の如く、右抗告人両名の子供である抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワルについては本案について理由がないことが明らかであつて執行停止の余地がないことに鑑み、抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワル両名についての退去強制令書の発布に基づく執行が子供らとの家庭生活を破壊する原因とはいえないことに徴すれば、少くとも現段階においては、不許可処分の執行による回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるとは認められない。

なお、記録によれば、抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワルは東京地方裁判所昭和四四年(ワ)第四三号事件について同裁判所より昭和四九年一一月二二日の期日に証人として呼出を受けていることが疎明されるが、右期日に出頭できなくなることは同抗告人に回復困難な損害をもたらすものということはできない。

3  (結論)

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、執行停止の緊急の必要性は認められないのであり、昭和四九年三月一五日以降に関する限り、緊急の必要性を認めなかつた原決定は相当であつて、右抗告人両名の本件抗告は理由がない。

なお、相手方法務大臣は、原決定の取消を求めるのであるが、昭和四九年三月一四日の経過とともに同相手方は抗告の利益を失つたものというべく、しかも当庁昭和四九年(行ス)第一号事件につき即時抗告を取下げており、本件については附帯抗告はしていないのであるから、原決定を抗告人に不利益に変更することは許されない。

(二)  抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル及び同プラテイバ・ジヤスワルの抗告について。

本件記録によれば、右抗告人三名は、昭和四六年五月八日に、法務大臣に対する異議申立は理由がないとの裁決があつたことを告知されたうえ、相手方神戸入国管理事務所主任審査官の発布した同日付の退去強制令書により神戸入国管理事務所に収容されたが、即日右抗告人三名(当時はいずれも未成年)の母である抗告人ラダ・ラニ・ジヤスワルが保証人となつて仮放免されたことが認められ、右事実によれば、右抗告人ラダ・ラニ・ジヤスワルは相手方法務大臣の異議棄却の裁決及び相手方神戸入国管理事務所主任審査官の退去強制令書発布処分を同日知つたものと認められ、また、本件記録によれば右抗告人三名の父である抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワルは昭和四六年一二月七日、本邦に入国したことが認められ、その頃右処分のあつたことを知つたものと推認されるところ、本案たる行政訴訟の提起は昭和四八年一一月一五日であることは、本件記録上明白であるから、抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワル三名の右訴の提起は行政事件訴訟法第一四条第一項所定の出訴期間を徒過した後であることは明白であつて、右本案訴訟は訴却下を免れないものである。したがつて、抗告の理由について判断するまでもなく、原決定は昭和四九年三月一五日以降について退去強制令書に基づく執行を停止しなかつた点においては結局相当であるが、同月一四日まで退去強制令書に基づく執行を停止した限度においては失当であつて取消されるべきところ、同日の経過と共に相手方神戸入国管理事務所審査官は抗告の利益を失つたものというべきであり、しかも当庁昭和四九年(行ス)第一号事件について即時抗告を取下げており、本件については附帯抗告をしていないのであるから、原決定を抗告人に不利益に変更することは許されない。かくして、原決定は結局維持されるべきであつて、右抗告人三名の抗告は理由がない。

(三)  結論

以上の次第であるから、抗告人らの本件各抗告は理由がないのでこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 柴山利彦 弓削孟 篠田省二)

別紙(一)(省略)

別紙(二) 意見の趣旨

(第一次的趣旨)

原決定を何れも取消す。

本件各執行停止申立を何れも却下する。

申立費用は、第一、二審とも抗告人の負担とする。

との決定を求める。

(第二次的趣旨)

抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワルに対する原決定は次の通り変更する。

相手方神戸入国管理事務所主任審査官の抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プリテイバ・ジヤスワルに対する昭和四六年五月八日付各退去強制令書に基づく執行は、何れもその送還部分に限り、神戸地方裁判所昭和四八年(行ウ)第三七号退去強制令書発付処分取消請求事件の本案判決に至るまで、これを停止する。

本件各執行停止申立のその余の部分は、何れも却下する。

申立費用は、第一、二審とも、これを二分してその一を抗告人らの負担とし、その余を相手方の負担とする。

との決定を求める。

抗告の理由

被抗告人らの本件執行停止申立に対する意見は、原審において述べた通りの外、次の通りである。

第一抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダラニ・ジヤスワルについて

一 在留期間更新不許可処分の効力の停止は、その利益がない。

(一) 停止すべき効力の欠缺について

1 抑々外国人の在留期間の更新不許可は、仮りに、これが、取消訴訟の目的となり得る行政処分であつたとしても行政事件訴訟法二五条によつて「停止」し得る様な法律的「効力」を有するものではない。

2 何故ならば、所謂不法残留者が、出入国管理令二四条により退去を強制され、同令七〇条により刑罰に処せられ得ることは、旅券に記載された在留期間が、その更新を受けることなく経過したという事実の効果であつて、法務大臣の更新不許可という行為の効果ではない。即ち、在留期間が経過すれば、格別に法務大臣が更新不許可という拒否行為をなさなくても、法律上当然に期間経過後の残留、所謂不法残留となり、その残留は、退去を強制することができ刑罰に処することができるという構成要件に該当することになるのであつて、仮令、法務大臣が更新を許可しない旨を決定し通知しても、この行為自体が、在留者の法的地位を右の如く不利益に変更する訳ではなく、他に何らの法的状態を形成するものでもない。

従つて、本件更新不許可は、何らの法律的効果を発生させるものではないから、元々停止すべき効力を有していないものである。

3 よつて、本件停止申立は、停止の目的を欠くから、停止の利益がない。

然るに原決定は、右の点を看過しているから、相当でない。

(二) 停止による法的利益の欠缺について

1 仮りに、期間更新の不許可が、これのあることによつて退去強制手続が開始又は続行される、という効力を有するとしても、かかる不許可の効力が停止されることによつては、退去強制手続の開始・続行が、「法律上」阻止されるものではないから、期間更新の不許可を停止することによる「法的利益」は、ない。

2 何故ならば、期間更新が申請された場合に、期間が経過した後にも、更新の許可も不許可もない間は、実際に退去強制手続の開始されないことがあるのは、更新の許可・不許可が事実上不確定であることの「裁量上」の効果であつて、「法律上」の効果ではないからである。

即ち、更新が申請されなければ勿論、更新が申請されても更新が許可される以前に期間が経過すれば、法律上は、更新の不許可という拒否行為が積極的になされるまでもなく、当然に退去強制手続を開始し得るのであるが、更新が申請され、期間が経過した後にも、何らかの都合により許可・不許可が明確でない間は、担当官において、或いは更新が許可されるかも知れない、という見込のもとに、法律上は開始し得る退去強制手続を、その裁量により、開始しないで差控えているに過ぎず、そこで更新の許可されないことが明確にされれば、担当官において、いわば安心して退去強制手続を開始する訳のものである。

従つて、更新不許可が取消され、法務大臣が改めて更新を許可すれば別であるが、更新不許可の右の如き担当官の裁量に基づく事実上の効力が停止されても、依然として期間の更新がなされた状態ではないから、法律上は、退去強制手続を開始し、続行し得るのであり、仮りに、担当官においてこれをなさないとすれば、それは、万一にも改めて更新が許可されるかも知れないという見込に基づく、裁量上の自己抑制であるに過ぎない。

3 よつて、本件においても、不許可の効力停止によつて、抗告人が受け得る利益は、右の如く、担当官がその裁量により手続を開始・続行しないこともあろうことの反射的利益であるに過ぎず、何ら法律上の権利・利益ではなく、その期待は、「法的期待」ではないから、本件停止申立は、本件不許可の停止によつて保全し得る法律上の利益がない。

然るに原決定は、右の点を看過しているから、相当でない。

二 本件不許可の停止は、その必要がない。

(一) 行政事件訴訟法二五条二項但書の趣旨は、元来処分の効力等の停止は、回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるときに、本案についての理由の有無を軽視して、なし得る保全措置であるから、その目的を達するために直接に必要な限度において、即ち処分の効力のうち、回復困難な損害を直接に生ずる部分に限り、その停止をなすことができず、且つそれで十分である、ということである。

(二) ところで本件においては、神戸入国管理事務所主任審査官が、抗告人らにつき、昭和四八年一一月二七日付「収容令書」を発付し、同人らは、同年一二月一日収容されたが、同主任審査官は、即日同人らを仮放免した。

(三) 仮りに、原決定の理由の通り、抗告人ゼー・エヌ・ジヤスワルが昭和四九年三月一四日大阪高等裁判所に本人訊問の為に出頭することの不可能となる虞れが、回復困難な損害であるとすれば、この損害を直接に生ずる原因は、本件においては、前記収容令書の執行であろう。

何故ならば、本件在留期間の更新を許可されなかつたのみの状態においては、同人は、未だ強制手続によらずに自ら本邦を退去することができ、時期的にも、改めて入国することのできる十分な余裕があつたので、右期日の出廷不可能は、本件不許可のみによつて生じ得るものではないからである。

従つて、原決定のいわゆる損害、即ち出廷不可能となる虞れを避けるために、直接に必要な方法は、前記収容令書の執行を停止することであり、且つそれで十分であるから、それよりも遡つて、本件不許可の効力まで停止する必要は、ない筈である。

(四) 殊に抗告人ラダ・ラニ・ジヤスワルは、前記期日にも呼出を受けている訳ではないから、同人についてまで、本件不許可の効力を全面的に停止することを必要とする客観的合理的な理由は、全くない。

(五) よつて、原決定は、右の点につき、行政事件訴訟法二五条二項但書の趣旨に合致しないから、相当でない。

三 本件不許可は、回復困難な損害を生ずるものではない。

(一) 行政処分により、回復困難な損害を生ずるか否かは、当該処分がなされた時点と損害が生ずるであろう時期との間の期間をも考慮して、その処分が直ちに損害を生ずるものであるか否かによつて、判決すべきものである。何故ならば、行政処分をなした時点においては、或る結果が生ずるまでに月日の余裕があり、その間に、その結果を回避するための措置をなすことが、十分に可能である場合に、これをなすべきものか、これをなすことなく、その後に月日の経過することによつて、その結果が生じたときには、その結果は、むしろ右期間を無為に徒過したことにより生じたものであつて、直接には、右行政処分により生じたものではないからである。

(二) 本件更新不許可の通知は、昭和四八年一〇月二六日になされたが、抗告人ゼー・エヌの出廷期日は、翌四九年三月一四日であるから、その間は、四ヶ月半もあり、しかも被抗告人は、右出廷のために次回の入国に支障のない様に、右通知の後に直ちに退去強制手続を開始することなく、同人らに対して、自らの負担により自ら出国することを勧告していた。

従つて、抗告人らが、本件不許可の通知後に直ちに自ら出国していれば、期間も十分にあり、右出廷期日までに改めて入国することは、何らの困難も伴わなかつた筈である。

(三) 然るに、原決定は、右の如く本件不許可の日から出廷期日まで、十分な期間があることを看過し、且つ他に右期日までに改めて入国することの困難であることを推認し得る、客観的合理的な理由がないにも拘らず、容易に抗告人らが退去を強制された場合を仮定して、回復困難な損害を生ずる虞れがある、と認定された点において、相当でない。

(四) 殊に、抗告人ラダ・ラニについては、法廷出頭の必要もないので、原決定は、夫ゼー・エヌ及び子供らと別居することになることのみを以て、回復困難な損害と看做される。然し、これは、相当でない。即ち、

1 家族全員が、間断なく同居しなければ、直ちに家族生活が破壊されたことになる訳ではなく、家族員が、数ヶ月間国の内外で別居することは、数多ある例であつて、社会通念上、格別に回復困難な損害ではない。

2 現に、同人は、昭和四五年五月一二日、夫及び子供らを香港に残して本邦に入国し、子供らが、同年七月三〇日本邦に入国するまで、全く単独で生活していたことになるが、それすら、家族生活の破壊された状態ではなかつた。

3 まして、子供らと同居し、夫のみと別居することは、何ら家族生活の破壊ではなく、現に、同人は、子供らが前同日本邦に入国してから、夫が、翌四六年一二月七日本邦に入国するまで、一年数ヶ月間に亘つて、子供らと共に夫と別居していたほどである。

4 よつて、同人が単独で、又は子供らと共に送還されることについては何ら回復困難な損害は、ない。(原決定は、同人と子供らとについて、共に、一方を送還させない理由として、相互に他方が送還されないことを仮定したうえ、一方のみが送還されると、他方との家族生活が破壊されるから、という循環論法を用いているが、双方が共に送還されることには、何ら家族生活が破壊されるという支障がないのである。)

第二抗告人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワルについて

一 本案について理由がないことが、明らかである。

(一) 行政事件訴訟法一四条三項本文の趣旨は、取消訴訟は、処分等のあつたことを知らずにいても、処分等の日から一年を経過したときは、提起することができず、処分等のあつたことを知つたときは、同条一項により、その日から三ヶ月以内に提起しなければならないが、しかも処分等の日から一年以内であることを要する、ということであり、同条一項所定の期間の制限を加重するものであつて、これを緩和伸長するものではない。

従つて、仮令処分等の日から一年以内であつても、処分等のあつたこと知つた日から、三ヶ月を経過したときは、既に同条一項のみにより、取消訴訟を提起することができないことは、明らかである。

(二) 本件においては、仮りに、抗告人ら及びその母が、本件各退去強制令書の発付された頃に、このことを知らなかつたとしても、抗告人らの父は、昭和四六年一二月七日、本邦に入国したから、その頃には、右処分のあつたことを知つた筈であり、直ちに出訴し得た筈である。

(三) 然るに、原決定は、右の点を看過して、本件各令書発付処分の取消訴訟につき、右は、抗告人らが同処分のあつたことを知つた日から、三ヶ月を経過して(約二年後に)提起されたものであるから、行政事件訴訟法一四条一項のみが適用され、同条三項の適用される余地がなく、明らかに不適法であるにも拘らず、同条三項の適用を排斥されなかつたのは、不相当である。

二 回復の困難な損害がない。

(一) 収容について

1 原決定は、抗告人らが、本件各退去強制令書に基き収容されると、抗告人らの両親との家庭生活が破壊される、と謂われるが、それは、単に両親と別居することになる、と謂うのと同義であり、それは身体の自由が拘束されることの反面に過ぎないから、家庭生活の破壊と謂うも、正に「収容」自体に伴う反射的結果である。

従つて、本件においては、未だ行訴法二五条に謂う、右各令書に基く収容を停止し得る要件としての「回復の困難な」損害は、ない。

2 のみならず、抗告人らが収容されたとしても、その期間は、ごく短期であり、抗告人ら又はその両親らは、直ちに仮放免を請求することができるのであるから、右収容により、回復困難な損害を生ずるとは、限られない。なお、本件各退去強制令書は、昭和四六年五月八日に発付されたが、抗告人らは、その後原決定のなされるまで長期に亘つて、仮放免されて来たことも、十分に考慮されるべきである。

(二) 送還について

原決定は、抗告人らが、送還されれば、両親の監護の下を離れ、生活の基礎さえ失うことになる。従つて回復困難な損害を生ずる、と謂われる。然し、これは、相当でない。即ち、

1 抗告人らの両親は、自ら出国することが容易であり、且つ何ら切迫した必要もなかつたにも拘らず、不法に残留しているのであるから、仮りに、抗告人らが、両親の監護を離れることになるとしても、それは、両親が、その意思により残留するという、いわば家庭の事情による当然の負担であつて、送還により生ずる損害ではない。

2 殊に、抗告人プリテイは、既に成年者であるから、両親の監護は、その必要がない。

3 又、抗告人プリムラタ、同プラテイバも、相当の年令であるから、両親の監護は、その必要が相対的に少なく、その生活を維持するためにも、社会通念上、両親双方と間断なく同居する必要はない。

従つて、同人らが、送還され、両親の双方又は一方と一時的に別居することになつても、直ちにそれにより、回復困難な損害が生ずるとは、限らない。

4 現に、抗告人らは、その母ラダ・ラニが、昭和四五年五月一二日抗告人らと夫ゼー・エヌを香港に残して入国してから、抗告人らが、同年七月三〇日入国するまでの間、母と別居し、その後父ゼー・エヌが、翌四六年一二月七日入国するまで、父と別居していた訳であるが、これらのことから推認しても、抗告人らが、両親の一方と別居することになつても、それは、何ら回復困難な損害を生ずるものではないことが、明らかである。

而して、抗告人らの両親は、前述の通り、出国することが可能であり、且つ抗告人らと共に出国することが望ましいのであるから、抗告人らは、その両親の双方又は一方と共に出国することにつき、何らの支障もない。

5 よつて、本件送還によつては、何ら回復困難な損害は、生じないのである。

三 仮りに、執行を停止するとしても、送還のみを停止すれば、十分である。

(一) 収容により、「回復の困難な損害」は、生じない。

1 原決定は、抗告人らが収容されると、両親との家庭生活が破壊される、とのみ謂われるが、それは、極めて抽象的で具体的説示に欠ける。しかも、それは、前述の通り、「収容」自体の反面であるに過ぎないから、収容により生ずる「回復の困難」な損害に当らない。

而して、他に、収容により生ずる(例えば病気が悪化するとか、生活に困窮するとかの)具体的な損害は、認め得べくもない。

2 「回復の困難な損害」とは、社会通念上、金銭賠償だけでは填補されない、と認められる様な、著しい損害を蒙ることが予想される場合である。

然るに、本件においては、抗告人らが収容即ち両親との別居によつて、仮りに、多少の精神的苦痛を受けるとしても、それは、収容に伴う当然のやむを得ない結果であり、社会通念上、金銭を以て慰謝し得る程度のものであるから、回復の困難な損害には、当らない。

(二) 収容の停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

即ち、仮りに、本件各退去強制令書に基く収容部分まで停止されたときは、抗告人らは、外国人であり且つ出入国管理令二四条四号ロ、に該当する者であることが明らかであるにも拘らず、同令に所定の管理を何ら受けることなく、本邦に在留する結果となるが、かかる事態は、同令一条に違反し、出入国管理行政の適正・公平を著しく破壊するものである。従つて、本件収容部分まで停止することは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。

而して、右の如き重大な影響と、抗告人らが収容されることの不利益とを比較衡量すれば、本件収容部分まで停止すべき「緊急の必要」がないことは、明らかである。

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